ヨーロッパの名家

ヨーロッパでは、

イギリス、スペイン、デンマークのように王制をとっていて貴族がいる国

フランス、ドイツ、オーストリアのように、共和制で貴族がいない国

があります。

しかし、ヨーロッパでは昔からの名家は未だに地縁血縁が強固であり、

その人脈などを活かして、大富豪であり、かつ、特殊団体の総裁などに就任している例が多いです。

そこで、既述のイギリスを除く、ヨーロッパ主要国の名家を紹介してみたいと思います。

まずは、フランスの名家。

フランスの社交界では、

序列1位は、パリ伯であるオルレアン家

序列2位は、フランス皇帝だったナポレオン家

となっているようです。

フランス社交界はかつては世界一でしたが、共和制になり、かつ、貴族を憎悪している国民性もあるため、

現在では、イギリス社交界、イギリス式マナー、の方が格上となっているようです。

ただ、なぜ、フランス皇帝の子孫よりも王家パリ伯の子孫の方が上かというと

パリ伯というのは、ノルマン人の襲撃からパリを防衛した

ロベール家特にロベール豪胆公

に与えられた非常に由緒正しい称号であり、ロベール家の子孫が

カペー家ァロワ家ブルボン家オルレアン家

とフランス王家となったため、パリ伯というのはフランス人にとっては

歴史そのものであり、郷愁をそそる称号

であると言っても過言ではないです。ゆえに非常に重みがあります。

もちろん、パリ伯も自称であり法的には平民ですが、現在もオルレアン家は健在です。

フランスに王制が復活したら、オルレアン家当主がフランス王になるとのことです。

ナポレオン家ボナパルト家も健在です。当主はナポレオン公を名乗っています。

神聖ローマ帝国選帝侯だった家系

が該当します。

選帝侯とは、神聖ローマ皇帝を選ぶ選挙権を持った大諸侯のことで

マインツ、トリーア、ケルンの大司教

ボヘミア王

ライン宮中伯プファルツ伯

ザクセン公

ブランデンブルク辺境伯

の7選帝侯が当初のメンバーでした。

このうち、

ボヘミア王は、ルクセンブルク家の後は、ハプスブルク家世襲するようになりました。

ハプスブルク家神聖ローマ皇帝を独占した家系で、その後はオーストリア皇帝となります。

戦は他家にまかせよ、汝幸あるオーストリア、婚姻せよ

という標語の下、婚姻政策で勢力を拡大していったヨーロッパ随一の名門でした。

ライン宮中伯はィッテルスバッハ家が世襲します。

ィッテルスバッハ家は親戚筋がバイエルン公を世襲しており、後に、

ライン宮中伯バイエルン公は同一家系に統合され、バイエルン王国になります。

観光で有名なノイスバンシュタイン城などを作った家系です。

ザクセン公は、当初はアスカニエン家が保有していましたが、断絶して、ェッティン家が世襲します。ただ、所領分割により所領が細分化され、勢力が削がれていった面があります。

ブランデンブルク辺境伯は、中世以降ホーエンツォレルン家が世襲し、プロイセンと合体し、後のドイツ皇帝家となりました。

ホーエンツォレルン家が勢力を伸ばした時期は、ハプスブルク家やィッテルスバッハ家よりも遅いですが、プロイセンの君主となったころから、急速に実力を向上させました。

ちなみに、辺境伯というのは聞きなれない称号ですが、異民族と接する辺境に設置された伯爵であるため、通常の伯爵よりも権限も勢力も大きいです。

ィッテルスバッハ家バイエルン家当主は、今でもニンフェンベルク宮殿に住んでいる富豪です。

ホーエンツォレルン家プロイセン家当主も、ホーエンツォレルン城を居城としている富豪です。

ハプスブルク家も当主はおりますが、実は、ハプスブルク家は財産放棄などをしたため、比較的貧しいです。

生活のために働いたこともあるようで、資産管理だけをしている他の名家と違っています。

ハプスブルク家は正式には、ハプスブルクロートリンゲン、という家名です。

これは、マリアテレジアの時、女系相続をしたので、夫の家名ロートリンゲンも加わったためです。

他には、後に選帝侯になった

ヘッセン

は、傭兵業によりヨーロッパ最大級の大富豪になったことがあり、今でも大富豪です。

デンマーク王家は、日本に次ぐ世界で2番目に古い家系です。

スウェーデンは、ナポレオンの部下で元帥だったベルナドットを王として迎え入れ、現在でもベルナドッテ王朝が存続しています。

フランス革命で活躍したジョゼフフーシェの子供も、オトラント公としてスウェーデンに定住し、貴族として現在も存続しています。

ルクセンブルクの君主は大公(GrandDuke)であり、大公という称号は法的には世界でルクセンブルク大公のみです。

ハプスブルク家当主もオーストリア大公(ArchDuke)を名乗っていますが、自称です。

モナコリヒテンシュタインは、しばしば大公国と訳されますが、実際は

プリンシパリティ

であり、国家元首の称号は、プリンスPrinceです。

プリンスには、王子、という意味もありますが、独立の国家元首の意味もあります。

プリンスは、英仏圏では公爵より格上ですが、ドイツ圏では公爵より格下の称号のようです。

ヨーロッパの王族、貴族は婚姻関係によって複雑に結びついており、それが、彼らの人脈につながっています。

例えば、現在のィッテルスバッハ家バイエルン家当主である

フランツフォンバイエルンは、

ミュンヘン大学の理事、バイエルン科学人文学アカデミーの名誉会員

聖ゲオルギウス騎士団、聖フーベルト騎士団の総長

など、バイエルンの聖俗諸団体の名誉職に就いて、地元バイエルンと関係の深い活動をしています。

これは、日本で言えば、旧華族や皇族の方が

特殊団体の総裁、神社の大宮司宮内庁侍従、地元の知事

などをされているのと同じようなものかもしれません。

例えば、秋田藩久保田藩の藩主佐竹家の子孫である

佐竹敬久氏分家筋のようですが

は現在の秋田県知事を務めています。

堂上華族である入江子爵家冷泉伯爵家の分家筋の入江相政いりえすけまさ氏は昭和天皇侍従長として有名でした。

ヨーロッパや日本のような古い歴史のある国は法的には貴族制度を廃止していても、事実上、身分制度の名残が残っています。

それも、地縁や人脈という目に見えない力なのでしょう。

実は、投資の世界では、このような人脈が非常に有効なことがあります。

自分とは無縁の世界ですが、見ていて面白いとは思います。

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