松江出雲2017〜西谷墳墓群

国譲りの神話を読んだら、多分誰もが思うことです。

これ実話じゃないの?

そりゃあ、ありえない描写とかはありますが、

それらを比喩と思って読んだら、本当に実話っぼいんですよね。

出雲のオオクニヌシが治める地上の国に、天つ神が降臨して、

国を譲れとせまり、地上の国は天つ神が治めるようになった

国譲り神話って実話じゃないの?と思える遺跡が、

西谷墳墓群(弥生時代後期)です。

まずは島根県のHPより解説引用。

出雲で青銅器が埋納されたと同時期に、奇怪な形をした墳丘墓四隅突出型墳丘墓が造営されるようになる。

(中略)

四隅突出型墳丘墓の発祥は中国山地で、出雲を中心に伯耆から遥か越中まで日本海沿岸の広い諸国に伝わっていく。

いわば出雲勢力のシンボルとなっていた四隅突出型墳丘墓の造営は、古墳時代に入ると終焉を迎える。

変わって登場した方墳や前方後方墳は、(後略)

弥生時代古墳時代では、出雲の古墳の形態が変わる。

つまり権力者が変わる。

弥生時代出雲に四隅突出型墳丘墓を作った権力

古墳時代出雲に前方後円墳を作った権力(ヤマト)

出雲勢力からヤマト勢力

やっぱ国譲りの神話、実話っぼくないですか〜。

今回、記録する西谷墳墓群は、弥生出雲の王家の谷。

四隅突出型墳丘墓いや面倒くさい、コタツに似てるからコタツでいいや。

出雲弥生の森という通称名がつけられ、親しみやすい公園になってます。

いくつかコタツが並んでいるのがわかります。

遊歩道で快適に巡れるようになっています。

復元されてない墳丘墓は、ぱっと見ただの盛り土にしか見えないなあ。

復元されてるやつ

コタツの中に入れます

中には誰もおらず

穴ぐらの中はどうも好きではないかわじーですが、

せっかく来たし、興味はあるし、まあ仕方がない。

興味深いけど、なんかやだなあ。

他にお客さんか誰かいてくれたらいいんやけどなあ

と思いながら、展示はすべて見たいため、白く輝くボタンを押す

そしたら、ガラス張りの中に

ぴぎゃあああああふぎゃあああ!!!!

エビのように後ずさるかわじー。

こえー!!コタツこええ!!!

ひとりで旅で、これだけ大騒ぎする大人もなかなかいないと思いますが、かわじーいつもこんな感じです。

コタツ群には展示室も併設されています。

そこにあったコタツ模型

かわじーあることに気づきました

男性が短髪だ。もっといえばツンツンのソフトモヒカンだ。

いや、男前でいいと思うんですけど、

この時代の再現図の男性って、長髪を束ねたりや結ったりしてる髪型が多いじゃないですか。

まあ、長髪の証拠があるわけてもないですし、

人だけは現代人で再現するのも、親しみやすくてアリ

話しかけてほしそうな(?)解説スタッフの方に声をかけました。

モヒカン頭、こーゆう人形もいーですね。かっこいー。

解説スタッフさん、嬉しそうに

それはですね、そういう髪型の埴輪が近くで発見されまして

え、ええ??モヒカンの埴輪?

解説スタッフさん

これなんです。地毛かカツラかはわかりませんが

お?おお??モヒカンに根拠あったのか

でもこれはやりすぎでしょ!(笑)

こんなヘアサロンのクオリティなわけがない

(おもしろいからいいけど)

それから、ここで有名らしいのは、

この唯一の形の勾玉

形もころっとしてかわいいし、

写真ではうまく写せないけど、瑠璃ガラスがなんとも涼しげで。

モヒカンとか、グラスアクセサリーとか、センス良いなあ

島根県は出雲王家の谷なんてふれこんでますけど、

実際は出雲市街を見下ろす高台にあります。

王のコタツであることと推定されており、

自国を見守っているようにも思えます。

ところで、神話のオオクニヌシ様には、

いくつもの別名があり、逸話があります。

オオクニヌシは首長王のような地位の名称で、

別名は代のオオクニヌシの実名なんじゃないかとも言われています。

そして、最後のオオクニヌシ様は国をヤマトに譲る

ふと、譲るというのは、無血降伏という意味やろうかと思いました。

名君、やったんかな。

コタツに眠るのは、もしかしたら代のオオクニヌシ様かもしれない。

それは所詮、想像や妄想に過ぎず、

ここ出雲で何があったのか、誰が眠るのかは、

現代の誰にもわからないけど。

この場所も、やっぱり来ることができてよかったと、

振り返ってなんとなく神恩感謝。

そのとき脳内に思い浮かべたオオクニヌシ様の頭はモヒカンで、

自分で少しおもしろくなってしまいました。